ハック・フィン協奏曲

         2018・1・1から

  私は私の意見を述べる。それがよい意見だからではなく、私自身の意見だからだ。

 
    

 
        「法治と人治」

            2020・8・14(金)

    小林 節さんは1949年生まれの71歳。慶應義塾大学名誉教授。専門は憲法学。
   この人は改憲論者で保守派の論客としてつとに有名である。かつては自民党の指南役と呼ばれたこともあった。
   またその一方、この人は「立憲デモクラシーの会」の呼びかけ人の一人でもある。
    小林さんは改憲で共産党は護憲であるから、これをもって保守と革新と色分けするのは少々短絡的に過ぎると
   言うものだろう。
    小林さんは立憲主義を教える憲法学者である。立憲主義とは、政府の統治を憲法に基づき行う原理で、政府の
   権威や合法性が憲法の制限下に置かれていることに依拠するという考え方である。「憲法に立脚する」という意味
   合いである。立憲主義を前提とした民主主義を立憲民主主義と呼ぶ。そして、この立憲民主主義を守る運動に左
   右の立場の違いというものはない。立憲民主主義の反対は「人治独裁主義」である。
   つまり、問題はその体制と統治が「法治」であるjか「人治」であるかということである。
    その小林さんは『日刊ゲンダイ』に「ここがおかしい小林 節が斬る!」と題するコラム欄を持っていて、そこで今日
   の政治状況について立憲主義の立場から何が問題であるかを分かり易く説いている。
   例えば、2015年の12月12日のコラムではこういうことを言っている。

            <第8回>「革命」という言葉を警戒する反知性
                公開日: 更新日:

    共産党が「国民連合政府」構想を掲げて野党選挙協力を提唱したことに対してさまざまな反響が報じられている。
   その中に、民主党の幹部が「『革命』政党とは一緒にやれない」と絶叫しているものがあった。そこには、文脈上、「革
   命」は悪いことだという前提がある。
    しかし、私は、それは明白に間違っていると思う。
   まず、わが国は第2次世界大戦で敗北した。敗戦の条件としてのポツダム宣言を履行するために制定した日本国憲
   法は、国民主権、平和主義、基本的人権の尊重を定めた、良い憲法である。この憲法とその前の大日本帝国憲法は
   内容的に断絶しており繋がっていない。つまり、後者は天皇主権、軍国主義(統帥権の独立)、専制(「人権」を認めず)
   であった。
    このような体制の不連続を「革命」と呼ぶ。これは、社会科学の常識である。かつて、帝政ロシアのロマノフ王朝の専
   制を倒して民主国家ソビエトを建設したレーニンは「革命」家と呼ばれている。また、英国ハノーバー王朝の暴政をはね
   のけたアメリカの独立も原語ではアメリカ「革命」と呼ばれている。そして、それに触発されてブルボン王朝の専制を倒し
   て国民主権を確立したフランス「革命」もある。
   これらは皆、国民大衆を人間扱いしていなかった王政から民衆を解放した歴史の進歩のひとコマであり、むしろ「良い
   事」であった。  
    もちろん、それぞれの革命の際には、ある種の暴力(軍事力)が用いられた。しかし、それは、国民大衆に暴力を向け
   た体制を倒すためで、むしろ正しい力の行使であったと言えよう。
    今、差別と搾取のない社会の実現を目指している共産党が仮に「革命」を目指すとしても、それは、護憲派として、現行
   憲法が認める手続き、つまり「投票箱」を用いて行う他ない。
    それにより各人の尊厳がもっと大切にされる社会を目指すものであるならば、そこにはレッテルを貼って警戒すべき理
   由はない。安倍独裁と対峙すべき現実を直視してほしい。

    日本共産党は、党創立98周年を誇る革命政党である。日本政治において最も長く同じ党名を使い、現存する政党と
   して最古の歴史を持つ政党である。
    科学的社会主義(マルクス主義)を党是とし、対米従属と大企業の支配に対する民主主義革命を、将来的には社会主
   義的変革を目指す党であり。その路線は「自主独立」であり、方法は「多数者革命」である。
    さて、9日の「しんぶん・赤旗・日曜版」の中で、またまた小林さんが日本共産党について語っている。
   これは志位和夫さんの「日本共産党98周年記念講演」を受けての感想である。

        国民の幸福こそ
    コロナパンデミックのもとで、この危機をどうのりこえて、どういう新しい日本と世界をつくるか――。ここまで語っている
   政党は日本共産党だけでしょう。
    無責任な政治で国民生活が不当に追い込まれている今こそ、まじめな日本共産党が選挙でも躍進して、政権交代に
   向けてイニシアチブを発揮してほしいと思います。
        厳しく中国批判
   
いまの「中国共産党」は覇権主義を振りかざし、香港などでの人権弾圧を進めています。共産党の名に値しません。
   そのことを日本の政党でもっとも強く批判しているのは日本共産党です。
    中国、ソ連の専制主義は、マルクスが目指していたものではありません。いわばエセ「共産主義」です。だからこそ、
   日本共産党がめざす社会主義・共産主義をイメージ豊かに国民に語っていくことが大切だと思います。

     小林さんは2015年も、そしてこの2020年も「法治」と「人治」の問題について語っているのである。状況は、国内も
    香港も同じである。ただ、国内ではこのことに多くの人が気づいていないだけのことである。
     沖縄県に狂暴な機動隊を国内派兵する安倍政権と、香港のたった一人の若い女性の言動を封じ込めることに狂奔
    する中国共産党とどこに違いがあるというのか。
    問われているのは、「法治国家」とは何かであり、「立憲主義」とは何かということである。
    



        「言葉遊び」

        2020・8・13(木) 

    コロナの時代の中で毎夜その日の感染状況を確認する。愚劣と冷酷と無能のトライアングル政府の
   下では、数字だけが事実であり、最も信頼できる情報だ。
    今日の毎日新聞は感染状況について次のように報じている。

         新たに1176人の感染確認 5万3248人に 死者は11人増、1090人に
                    8配信   毎日新聞

     新型コロナウイルスの感染者は13日、全国で新たに1176人が確認された。1日当たりの感染者が1000
    人台となるのは4日ぶりで、クルーズ船の乗客乗員らを合わせた国内の感染者は計5万3248人。死者は11
    人増えて計1090人となった。1日に確認された死者が10人を超えるのは、5月28日(14人)以来で約2カ月半
    ぶり。 【暑い日のマスクで熱中症のリスクが…】  死者は大阪府3人、東京都2人の他に神奈川、愛知、奈良、
    香川、愛媛、福岡の6県でそれぞれ1人確認された。性別、年代が公表された10人の内訳は男性9人、女性1
    人。80代が6人と最も多く、70代2人、90代と60代が1人ずつと続いた。愛媛県は「高齢者」とのみ公表し、詳し
    い年代や性別を明らかにしていない。  東京都では新たに206人の感染が確認された。1日の感染者が200人
    を超えるのは2日連続。13日に開かれた都の感染状況のモニタリング(監視)会議では、専門家から「都全域、
    全世代に感染が広がっている」という分析が示された。  他に感染者が多かったのは大阪府177人▽福岡県
    143人▽神奈川県123人▽愛知県109人▽沖縄県97人――など。沖縄県は15日までとしていた県独自の緊急
    事態宣言の期間を29日まで延長すると発表した。【まとめ・島田信幸】

     これによると13日現在で国内の感染者数は53、248人、死亡者は1090人だ。状況は増々悪化している。
    しかし、国会は開かれない。安倍晋三は姿を見せない。公明党は沈黙している。
    この間、北海道の鈴木知事は「北海道モデル」と意気込み、大阪の吉村知事は「大阪モデル」とはしゃいでウガ
    イ薬の売薬に励み、東京都の小池知事は「東京モデル」とかでアラートの夜景を楽しみ、総理大臣の安倍晋三
    もやはり「我が国では、緊急事態を宣言しても、罰則を伴う強制的な外出規制などを実施することはできません。
    それでも、そうした日本ならではのやり方で、わずか1か月半で、今回の流行をほぼ収束させることができました。
    正に、日本モデルの力を示した」と全く現実と懸け離れた意味不明なことを言う。
    この4人の言う「モデル」というのは何を指しているのか誰にも分からない。おそらくご本人にも分からないだろう。
     モデルというのは、概念としては、模型、人やモノや構造を、3次元的にあらわしたものを言う。
    同等の三つの要素の動きを立体的に捉えることの比喩であるが、そこには実態と構造と因果(プロセス)がある、
    しかし、4人の語る「モデル」なるものにはそうしたものは全くない。それが証拠に4人は、それぞれの語る「モデル」
    なるものが他の3人の語る「モデル」とどこが違うのか説明することが出来ない。そして、感染拡大を示す数字は
    その「モデル」なるものがどこにもないことを証明している。
     方針も政策も予算もないところに「モデル」があるわけがない。
    安倍首相は「重傷者や死者は少ない」「医療体制は逼迫していない」と言い、「緊急事態宣言を直ちに出す状況で
    はない」と繰り返している。コロナ担当のペラペラ男・西村経済再生相はお盆の帰省について「慎重に考えないとい
    けない」と評論家の様な事を言い、GoToトラベルの旗を振る菅義偉官房長官は「一律に自粛を求めるものではな
    い」と反対のことを言う。既に空中分解の状態である。
     モデルという用語は、プロセスモデル、データモデル、ビジネスモデル、ファッションモデルなどと様々な分野で使
    われているが、上記の4人が自慢するモデルはどこにも当てはまらない。
    それとも為政者の無能無策による人災のことを〇〇モデルと言っているのか。
     東京都医師会の尾崎治夫会長は「しんぶん・赤旗・日曜版」(9日・16日合併号)の中で次のように語っている。

     感染を収束させるためには感染震源地の対策が不可欠です。私たちの提案は、感染震源地で補償を伴う休業
    要請を行い、2週間程度休んでもらう。同時に、その地域で大学や民間研究機関の検査能力も結集して集中的に
    PCR検査を実施し、無症状者を含む感染者を発見して隔離・保護するという対策を行うことです。
     コロナに夏休みはありません。自治体任せにせず、ぜひ国会を開いて議論していただきたいと思います。

      モデルというのは、こういう方法論のことを言うのである。方針を明確にし、政策を立案し、その為の予算を計上
     する。感染拡大阻止が大目的であって、感染状況についての個人的な見解は何の解決策にもならない。ましてや
     隠れた目的が経済再生優先であるとすれば、そこで立てられる諸政策は感染拡大阻止ではなく、その逆の結果
     を招くのは自明の理である。なぜなら、人の大量の移動を奨励し、歓楽の場での消費を煽ることは3密を前提条件
     としなければ成り立たない天下の愚策であるからだ。
     言葉遊びはもう止めよう。「モデル」などという言葉を軽々しく使うな。
     下の図表を見ても分かる通り、感染拡大阻止の「モデル」を持っているのはドイツと韓国だけである。

      世界の感染者2000万人突破、米国・ブラジル・インドに全体の半数が集中 :
                新型コロナの国別感染者数(8月13日夜更新)Japan Data

   国名      感染者数    死亡者数 
  アメリカ       5、197、118     166、026
  ブラジル       3,164、785     104、201
  インド       2,396、637      47、033
  メキシコ         498、380      54、666
  イギリス         315、581      46、791
  イタリア         251,713      35、235
  スペイン         329、784      28、579
  フランス         204,266      30、354
  ドイツ         220、859       9,213
  韓国          14、770        305 
  日本          51,147       1、063



 
     「3人の知事」

          2020・8・12(水)

    「知事」とは何か、ウキペディア(フリー百科辞典)に当たると次のように解説されている。

     「知事」とは、(寺院の)物事を治め司るという意味のサンスクリット「カルマ・ダーナ」を漢訳した言葉に由来する。
    中国ではの時代より、主に寺院での住職の名称として用いられている。その後代に地方の府、州、県の長官
    を「知某州事」「知某県事」などと呼ぶようになり、短縮されて「知県事」「知府事」などと呼ばれるようになった。宋代
    には正式な中央官制に組み入れられており、中央の官職を持たない県の長官は「県令」と呼ばれた。ちなみにこの
    「知」と同じ用法としては、知行がある。
     日本では、広域自治体である都道府県首長を都道府県知事(都知事道知事府知事県知事)という。
    一方、基礎自治体である市町村の首長は市町村長(市長、町長、村長)という。戦前は知事は内務省管轄であり、
    勅任官であったが、現在は選挙により選出される。知事のもとに置かれる部局知事部局という。    
     明治維新直後、府藩県三治制が布かれた時期には、知藩事(藩知事)が各地のに置かれた。これは江戸時代
    以来それらの藩を治めた大名(藩主)がほぼそのまま任命されたが、廃藩置県により県令、のち県知事に置き換え
    られた。

     都道府県は「一都一道2府43県」であるから行政区画としては合わせて47である。だから日本には47人の知事が
    いるということだが、私はその殆どの名前を知らない。知事は基本的には地方長官であるから、その地域に住んでい
    ない人とは直接的な利害関係を持つことはまずない、従って、自分が住んでいる地域以外の他の地域の知事の言動
    について日常生活次元での関心を持つというようなことは一般市民には起こらない。
     一般市民が自分が住んでいない他の都道府県の知事の言動に関心を持つ場合というのは、その知事の言動が地
    方行政の範囲を超えて全国的に影響を及ぼすような場合である。例えば、原発の問題や歴史認識やコロナ対策など
    である。
     知事(市町村長も同じ)は選挙で選ばれるのだから当選後はその公約を守り、実行しなければならない。もしも当選
    後に掲げた公約と異なる政策を推し進めるというようなことが起こるとすれば、これは詐欺行為である。しかし、現状は
    こうしたことが横行しているし、マスコミもこれを批判しない。とすると知事選での公約とは何かという疑問が生じてくる。
     7月12日に行われた鹿児島県の知事選挙では、自民・公明推薦の現職三反園訓さんが無所属新人の塩田康一さん
    に敗れた。敗因は詳しく知るところではないが、三反園さんは知事になる前は「原発のない社会を作ろう」「ドイツになら
    い、鹿児島を自然再生エネルギー県に」等、脱原発を訴える選挙戦を展開していたのはまだ記憶に新しいところである。
    ところが当選後は原発に対する発言を徐々にトーンダウンさせ、「知事になる前の立場と、今の立場は違う。もう一度、
    これまでの経緯を聞いて私の考え方をまとめたい」と公約を破棄、最後は「私に原発を稼働させるか稼働させないかの
    権限はない」と逃げ、最終的には九州電力川内原発1号機の再稼働を容認する姿勢に転じた。
    「変節(へんせつ)」とは、節義を変えること。信念・主義・主張などを変えることを意味するが、元々、そうした信念や主義
    がなかったとするならば、これは「茶番」というべきだろう。「茶番」とは、底の見えすいた、下手な芝居。ばかげた振る舞い
    のことである。三反園さんに限らず、政治の場における「目的と手段」の関係は常に非論理的であり、実際は無関係である。
    目的は当選することであり、手段として公約は飾り立てられて活用される。要するに、誇大広告であり、優良誤認表示と
    いうものである。
     東京都の知事は「緑のタヌキ」こと小池百合子バアサンである。掲げた公約は「築地は守る、豊洲は生かす」というもの
    であったが、結果はどうなったか。しかし、これは世間の誤解であった。タヌキの辞書には「公約」という言葉はない、ある
    のは「膏薬」である。俗に言うではないか、「理屈と膏薬はどこえでもつく」と。週刊誌の政治欄では「政界渡り鳥の異名を
    持つ変節常習者」と書き立てられ、風俗欄では「誰とでも寝る女」と業界ナンバーワン賞に輝き、最近では「カイロ・コネク
    ションの女帝」と持ち上げられている妖術アラートの達人「緑のタヌキ」の渡世上の錬金術の秘薬はこれである。
    学歴詐称もイメージアップの膏薬であった。
     さて、関東のことはこのぐらいにして、関西に目をやると、こちらもかなり騒々しいよ。
    今の大阪府知事は吉村祥文さん(45歳)、所属政党は大阪維新の会、元消費者金融・武富士の顧問弁護士。
    これ以上のことは分からない。後は、スポーツ新聞、週刊誌の世界だ。

          吉村知事、“うがい薬でコロナ退治”の波紋 一番ひっかかる「疑似陰性問題」
                        配信   デイリー新潮
     吉村洋文大阪府知事が8月4日、「新型コロナウイルスの軽症患者がポビドンヨードを含むうがい薬でうがいをすると、
    唾液からウイルスが検出されにくくなり、唾液を使うPCR検査で陽性になる確率が低くなる」と発表した。この報道でドラ
    ッグストアなどで、ポビドンヨードを含む「イソジン」などのうがい薬の棚が空になり、法外な値段でネット販売されるなどした。
    専門家からは研究結果に疑問の声も多く、「科学的根拠が弱いうちに政治家が主導的に発表するのはおかしい」など物議
    を醸しているが。

         吉村府知事〝インサイダー騒動〟 関連銘柄の株価上昇で風説の流布、株価操縦に当たる可能性も
                        配信  東スポ
      大阪府の吉村洋文知事(45)が新型コロナウイルスの感染拡大防止策として殺菌消毒作用のある「ポビドンヨード」と
     いう成分を含むうがい薬の使用を呼び掛け、うがい薬が市場から消えた騒動の波紋が広がっている。医療団体などから
     猛反発が上がったほか、新たにタレントで演出家のテリー伊藤氏(70)が事前に情報をキャッチしていたことを明かし、吉
     村氏の“インサイダー疑惑”が報じられるまでの騒動に発展。吉村氏は疑惑をきっぱりと否定したが…。
            「うがい薬」吉村知事への抗議文に大阪府の見解は…
                        



        「私の三原則」 

             2020・8・11(火)

    8月に入ってから2度目の火曜日、本当に時間の過ぎ行くのが早いね。今朝の吹く風はどこか冷やりと
   して何となく秋の気配が感じられた。来週の火曜日は18日だ、おそらくその頃には、この地では夏は終
   わっているだろう。多分、浜辺では人の姿は消えているだろう。素肌にアロハシャツというのも今週一杯
   か。そんなことを考えながら農園?を見渡すと京水菜が一列に並んで見事に成長している。その後ろの
   ホウレン草だが、こちらの方はやはり一列に並んではいるが、葉は黄色く枯れて全滅状態である。
   種子を植えたのは同じ日なのだが、原因は分からない。ホウレン草は好きな野菜なので、この結末は残
   念でならない。悔し涙で病枯れのホウレン草を全部引き抜き、改めて己の農夫としての無知と無力を思い
   知った。まだ若いのだから、これからも挑戦しようと、慰めてはみたけれども、笑いに涙が混じる。
   青紫蘇は良し、南蛮も良し、バジルも良し、問題は茄子と唐黍だ。この2種がどうも不育全だ。
    種子を蒔き、水を掛けるだけでは野菜は育たない。これは人もまた同じか。
   確かに、聡明になるまで老いるべきせはない。けれども、この農作業とシェイクスピアがなかったとしたら私は
   春から夏への数か月の時間をどうやって過ごすことができただろうか。人が何かに夢中になるのは、それが
   楽しいからだとは限らない。そうではなくて、何かに夢中にならなければ己の身が持たないからだ、と言った
   場合もないとは限らない。つまり、ある種の想念を日々の生活から排除するために、あるいはその事を忘れ
   るために他の何事かに意識を集中する、これは本能が教える精神衛生学の初歩である。
    今日は恒例のお茶会が休みだというので、他にやることもないので午前中は農園・花壇・玄関前の雑草を
   刈り取って時間を潰した。まだまだお化け屋敷にはしないよ。
    その後は、火曜日の特別任務である郵便配達人となって一週間に書き溜めた「ハック・フィン」を塩谷さん、
   金田さん、小坂さんの郵便受けに届けた。
    帰ってきてからは、衣替えというわけではないが、ホームペイジの壁紙などを取り換え、編集スタイルを一部
   修正した。このホームペイジは星置9条の会の事務局長として立ち上げたものであるが、運営はあくまでも私
   一人、全くもって個人的な事業であるから、ここでの発言、掲載、引用、収録、転写の責任はすべて私一人が
   負うものである。
    このホームペイジを運営するにあたって原則としたのは、第一は、私の私生活上のことは書かない。第二は、
   友人・知人との関わり合いの上で9条関係者以外は実名を表記しない。ただし、横浜の小野さんと小樽の平山
   さんは例外とする。理由は、この2人は思想的立場(政治的な主義ではない)をオープンにしているので、お互い
   に文責上の問題を問うということは起こらないと考えるからである。第三は、いかなる問題に関しても私は「正義」
   の立場は採らない。私が批判の武器とするのは「笑い(ユーモア)」のみである。
   以上の三原則が守られているかどうかは本人が判断するところではないが、少なくとも本人は常に三原則に忠実
   であろうと努めていることは理解して頂きたい。
   お手本とするのは、モンテーニュの『エセー』である。

   私は私の意見を述べる。それがよい意見だからではなく、私自身の意見だからだ。


     しかし、この夏、私は私生活上のことは書かないと宣言しているにも関わらず、「枯葉のデート」なる身辺雑記
    を楽し気に書き綴っている。これはどうしたことか、弁解のしようがない。
    まあ、ジイサンとバアサンの大衆食堂巡りにどんな社会批評があるのかどうかは読み人次第か。いずれにして
    も、貧しいジイサンとバアサンの美食散歩は、それだけでこの国の底辺の経済白書である。
     ところが週に一度の「枯葉のデート」だが、今週はこれもお休みとなった。
    理由は、下の娘・胡桃(中学3年生)がテニス部の夏季特訓とやらで連日朝早くから稲積公園にあるテニスコート
    に通っているからである。つまり、妻殿の目下の関心はジイサンのお世話ではなく、末娘のステージ・ママに徹す
    ることにあるということだ。
     その娘が昨日美容院へ出かけた。肩まで伸びていた長い髪をばっさりと切ってショート・カットのスポーツ少女に
    変身して帰って来た。思い切りのいい娘だね。
     私が18歳だった頃、イギリスにはビートルズがいた。そして「ツイッギー」という小枝のような妖精がいた。
    毎日スクワットとかいう体操で身体を鍛える我が娘は決して小枝のような華奢な少女ではないが、「中性的」なるも
    のに憧れるという娘の新たな横顔は「ツイッギー」を思い出させた。それは、もちろんロンドンの伝説ではない、70
    歳となる男の遠い昔の「恋の浮島」の想い出だ。
     こうして三原則は時々破られる。
    私が物を書く時に題材とするのは、この私自身である、とモンテーニュは言った。
    



         「愚劣と冷酷プラス無能」

           2020・8・10(月) 

    最初にコロナ感染状況について確認しておく。

            国内のコロナ感染、5万人超え 1週間で1万人増加
                        共同通信     8月10日

    国内の新型コロナウイルス感染者が10日、クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の乗客乗員を含めて累計で
   5万人を超えた。7月上旬に2万人、同下旬に3万人を超え、8月3日に4万人を超えていた。わずか1週間で感染者
   が約1万人増えたことになり、増加ペースが加速した。  一時は少なくなっていた国内の1日当たりの感染者数は
   6月下旬から増加。大都市圏から地方都市に流行が拡大、8月に入って千人を超える日が続いていた。重症者に
   加えて死者も徐々に増えており、医療体制の逼迫が懸念される。  8月10日に新たに確認された感染者は839人。
   東京197人など大都市圏で多い状態が続いた。

    安倍首相が緊急事態宣言を発令したのは4月7日のことである。この時点での国内の感染者数は3、906例で、
   死亡者は80名。
    宣言を解除したのは5月25日、記者会見で安倍首相は「我が国では、緊急事態を宣言しても、罰則を伴う強制的
   な外出規制などを実施することはできません。それでも、そうした日本ならではのやり方で、わずか1か月半で、今回
   の流行をほぼ収束させることができました。正に、日本モデルの力を示した」と成果を強調した。
    しかし、この時点での感染状況は感染者数16、623名で、死亡者は846人である。何をもって収束させたというの
   か意味は分からず、根拠もない。
    7月17日、8月の予定であった経済優先対策のGoToキャンペーン(東京都民、東京発着は対象外)が前倒しで発
   表された。この時点での感染状況は厚生労働省によれば、感染者数23、473人、死亡者数985人である。
   ここでも政府の対策は現状無視の真逆である。
    そして8月10日の今日、感染者数は50,461人であり、死亡者数は1066人である。
   以上の数字の推移から見えてくるものは、GoToキャンペーン以降、感染は全国的に拡大しているということである。
    何故、この時期に経済優先対策なのか、やらなければならないことはもっと他にあるだろう。
   昨日(9日)のNHKの「日曜討論」で共産党の小池晃書記局長は、急拡大している新型コロナウイルス感染抑止のた
   め、感染震源地の住民や働く人全体を、面として対象にしたPCR検査の大規模な実施を提案した。急がれるべきは
   ここだ。既に第二波は始まっている。この時期になぜ命懸けで国内旅行をしなければならないのか、それも観光はよ
   いが帰省は駄目という非科学的な条件つきで。全くもって「愚劣にして冷酷」である、しかもさらに「無能」の札が一枚
   加わる。安倍内閣とは何か、第一に、政治の私物化の愚劣、第二に弱者切り捨ての冷酷、第三に、あらゆる局面で
   の対応能力の無能。これ以外には何もない。
    GoToキャンペーンは今すぐ止めるべきだ。
   お盆に故郷へ帰るのは日本の伝統ではないのか、それが駄目で、見知らぬ観光地で消費するのは善行だという倫理
   観は保守主義の名を裏切るものではないのか。お墓参りは駄目で、今この時を楽しめとは、何とも惨めな快楽主義で
   ある。
   ・・・・・・それで、私は今日の夕食をジンギス汗鍋とした。
   用意したのはニュージーランド産のラム(子羊の肉)だ。ニュージーランドは「新しい海の島」という意味を持つそうだが、
   先住民族のマオリ語では「アオテアロア」と言い、「白く長い雲(のたなびく地)」という意味だそうだ。
    ニュージーランドと言えば、何と言ってもラグビーの代表チーム「オールブラックス」を思い浮かべるが、彼らが試合前
   に踊る「ハカ」は、あらゆる意味でこの国の先進性を体現している。この国は多民族国家である。共存共生の国家である。
   この辺りがアメリカとは決定的に異なる。
    そのニュージ-ランドは9日、市中感染がゼロになってから100日を迎えた。政府は重要な節目だとしつつ、感染の第
   2波が起きる可能性はあると述べ、現状に満足しないように警告したということだ。ニュージーランドで市中感染が最後に
   確認されたのは、ロックダウン(都市封鎖)が緩和されてから数日後の5月1日だった。現在確認されている国内の感染者
   数は23人に留まっており、全員隔離されている。
    だから私はこの国のラムを食べるのである。だから私はアメリカの牛肉は食べないのである。
   この国の首相はジャシンダ・アーダーンさんという女性である。
   その人がこの6日、核兵器根絶を世界に向かって訴えた。

    私は、核兵器根絶に向けて必要不可欠なステップとして、そして全ての核保有国の核兵器ゼロの達成を含めた地球
   規模の交渉を求めて、他国もこの動きに加わり、このランドマークな条約を広めることを要請します。
   このことが唯一、広島と長崎への原爆投下や、太平洋などでの核実験によって苦しめられた人たちに対する報い、レガ
   シーとなるのです」。

     この夏の夕べ、私はコロナの時代の中で、ニュージーランドのラムを食べながら広島・長崎について考える。
   「八月の光」とは、人間の持つ「愚劣と冷酷」の象徴である。



 
         「長崎の鐘」

           2020・8・9(日)

   ボックスカーは、第二次世界大戦時のアメリカ軍第509混成部隊に所属したB-29爆撃機の機名である。
  1945年の8月9日午前11時02分、ボックスカーはプルトニウムを用いた原子爆弾「ファットマン(太っちょ)」を
  長崎に投下した。作戦では第一目標は福岡県小倉(現北九州市)であったが、視界不良のため第二目標の長崎
  に変更された。この投下により、当時の長崎市の人口24万人(推定)のうち約7万4千人が死亡、建物は約36%
  が全焼または全半壊した。
   浦上は長崎の北に位置する農村であり、キリスト教の日本伝来よりカトリック信者の多い土地である。江戸時代
  における異教禁制による隠れキリシタンの摘発も数回なされた土地でもある。
   この日、浦上教会(浦上天主堂)では原爆投下時に告解(ゆるしの秘跡)を行っていたが、主任司祭のラファエル
  西田三郎、助任司祭のシモン玉屋房吉を初め、数十名の信者は爆発に伴う熱線あるいは崩れてきた瓦礫の下敷
  きになり全員が即死、長崎医科大でも大勢の入院・通院患者や職員が犠牲となった。また長崎市内には捕虜収容
  所もあり、連合軍兵士(主に英軍・蘭軍兵士)の死傷者も大勢出たと言われている。
   後に浦上を訪れた俳人・水原秋桜子は、被爆した天主堂の惨状を見て『麦秋の 中なるが悲し 聖廃墟』と詠んで
  いる。現代語訳:時は麦を刈るころ合いであるのに、被爆した浦上天主堂の廃墟が何と悲しいさまであることか。
   長崎には「核廃絶人類不戦の碑」というものがある。建立の由来については以下に書き写す。

      「核廃絶人類不戦の碑 建立の由来」
   1931年9月18日の柳条溝事件を契機とする日中戦争、1941年12月8日の真珠湾攻撃に始まる太平洋戦争など、
  この15年にわたる戦争によって310万人の日本人、数千万のアジアと世界の民衆の尊い生命が奪われた。
   この戦争の末期、長崎では数次にわたる米軍の空襲、潜水艦攻撃、そして8月9日の原爆によって7万余の日本
  人、数千の朝鮮人、中国人労働者、華僑、留学生、連合軍捕虜(イギリス・アメリカ・オーストラリア・オランダ・インド
  ネシア等)が犠牲となった。
   とくに浦上刑務所のあった隣接する丘では、32名の中国人、13人の朝鮮人が日本人受刑者とともに爆死し、また
  香焼や幸町の捕虜収容所では、被爆前に病気や事故などによって数百名の連合軍兵士が死亡した。
   私たちは長崎で亡くなったこれらすべての外国人戦争犠牲者、遠くアウシュヴィッツ強制収容所で殉難したコルベ
  神父らを追悼し、再びこのような惨劇を繰り返さぬよう、核兵器廃絶、人類不戦の誓いをこめて、内外から広く浄財
  を募り、ここにこの碑を建立する。

               1981年12月8日 太平洋戦争開始40周年の日に
                         外国人戦争犠牲者追悼碑建立委員会

   今日、長崎平和式典で田上富久市長は「平和宣言」の中で次のように訴えている。

    被爆から75年、国連創設から75年という節目を迎えた今こそ、核兵器廃絶は、人類が自らに課した約束“国連
   総会決議第一号”であることを、私たちは思い出すべきです。
    昨年、長崎を訪問されたローマ教皇は、二つの“鍵”となる言葉を述べられました。一つは「核兵器から解放され
   た平和な世界を実現するためには、すべての人の参加が必要です」という言葉。もう一つは「今、拡大しつつある
   相互不信の流れを壊さなくてはなりません」という言葉です。
      【中略】
    日本政府と国会議員に訴えます。
   核兵器の怖さを体験した国として、一日も早く核兵器禁止条約の署名・批准を実現するとともに、北東アジア非核
   兵器地帯の構築を検討してください。「戦争をしない」という決意を込めた日本国憲法の平和の理念を永久に堅持
   してください。
   そして、今なお原爆の後障害に苦しむ被爆者のさらなる援護の充実とともに、いまだ被爆者と認められていない被
   爆体験者に対する救済を求めます。
    東日本大震災から9年が経過しました。長崎は放射能の脅威を体験したまちとして、復興に向け奮闘されている
   福島の皆さんを応援します。

    「カンパネラ」の語源は、イタリア語の「小さな鐘」ということだそうだ。
   音楽のことは余り詳しくはないが、それでも時々、フランツ・リストのピアノ曲を聴くことがある。宗教についても余り
   詳しくはないが、それでも時々、祝福の鐘の音に耳を澄ますことがある。
    中世ヨーロパでは、鐘は時刻を告げ、時には結婚を祝福し、時には外敵の襲来を知らせた。
   「長崎の鐘」とは、この浦上天主堂にある「アンジェラス(エンゼル)の鐘」のことである。
     



 
      「夏の詩」

         2020・8・8(土)

      1945年8月6日午前8時15分、B-29「エノラ・ゲイ」は広島にウランを用いた「リトルボーイ(ちび)」をプレゼ
     ント。死者15万人。
     同8月9日11時02分、B-29「ボックスカー」は長崎にプルトニウムを用いた「ファットマン(太っちょ)」をプレゼン
     ト。死者7万4千人。
     今日も1945年の夏の「愚劣と冷酷」について考える。
      いつものように西原扶美雄さんのフェイスブックを開く。
     このフェイスブックには色々なことを教えられる。
     この国の何処かで今、誰が泣いているのか、誰が怒っているのか、誰が踏みつけられているのか、誰が笑って
     いるのか。
     今日は音楽のお勉強だ。私は極めつけの音痴であるが、この2曲は歌わねばならぬだろう。

      「原爆を許すまじ」

...          浅田石二作詞・木下航二作曲

      ふるさとの街やかれ
      身よりの骨うめし焼土(やけつち)に
      今は白い花咲く
      ああ許すまじ原爆を
      三度(みたび)許すまじ原爆を
      われらの街に

      ふるさとの海荒れて
      黒き雨喜びの日はなく
      今は舟に人もなし
      ああ許すまじ原爆を
      三度許すまじ原爆を
      われらの海に

      ふるさとの空重く
      黒き雲今日も大地おおい
      今は空に陽もささず
      ああ許すまじ原爆を
      三度許すまじ原爆を
      われらの空に

      はらからのたえまなき
      労働にきずきあぐ富と幸
      今はすべてついえ去らん
      ああ許すまじ原爆を
      三度(みたび)許すまじ原爆を
      世界の上に

        夾竹桃のうた
            【作詞】 藤本 洋・【作曲】 大西 進

      1.夏に咲く花 夾竹桃
        戦争終えた その日から
        母と子供の おもいをこめて
        広島の 野にもえている
        空に太陽が 輝くかぎり
        告げよう世界に 原爆反対を

      2.夏に咲く花 夾竹桃
        武器をすてた あの日から
        若者たちの 願いにみちて
        長崎の丘に もえている
        空に太陽が 輝くかぎり
        告げよう世界に 原爆反対を

      3.夏に咲く花 夾竹桃
        祖国の胸に 沖縄を
        日本の夜明け 告げる日を
        むかえるために もえている
        空に太陽が 輝くかぎり
        告げよう平和と 独立を

 【別詞】 3.夏に咲く花 夾竹桃
        非核を誓う 町々が
        くまなく地上 うずめつくして
        明日を歌えと 燃えている
        空に太陽が 輝くかぎり
        告げよう世界に 原爆反対を


       またまた堀田善衛さんの『方丈記私記』を開く。
      その83頁。
       かくまでの死者、屍体がごろごろと道にあったとすれば、その屍臭は宮中にも当然に達していたはずである。
      そうして、人民の屍とその屍臭にとりまかれて、彼ら宮中の連中は何をしていたのか、
      その221頁。
       天皇制というものの存続の根源は、おそらく本歌取り思想、生者の現実を無視し、政治のもたらした災殃を人
      民はパチクリさせられながら無理矢理呑み下さされ、しかもなお伝統憧憬に吸い込まれたいという、われわれの
      文化の根本にあるものに根づいているのである。

       2020年の夏、鴨長明の言う「古京はすでに荒れて、新都はいまだ成らず」は、現実的にも、また精神的にも、
      この国の絶対状況である。





       「愚劣と冷酷」

            2020・8・7(金) 

     8月の6日と9日の間の2日間は、人間の持つ「愚劣と冷酷」について考える為の時間である。
    もちろん、全ての人間がそうであるというのではない、差し当って思い浮かぶのは二人の人間である。
    一人はアメリカ第33代大統領ハリー・S・トルーマン(1884年~1972年・88歳没)であり、もう一人は第124代
    天皇裕仁(1901年・明治34年~1989年・昭和64年・87歳没)である。共に長寿であった。第124代というのは
    事実ではなく、一家系に属する神話であるが。
     トルーマンは長崎への原爆投下の24時間後、国民に向けたラジオ演説で「戦争を早く終わらせ多くの米兵の命
    を救うため原爆投下を決断した」と述べた。広島への原爆投下については1958年のCBSのインタビューで「まっ
    たく心が痛まなかった」と平然と語り、公式的な場では原爆投下を正当化し続けた。
     1958年、広島市議会から出された原爆使用に関する抗議声明を受けてトルーマン元大統領は広島市議会議長
    に書簡を送り、その中で「あなた方の市民の気持ちはよく分かる。私が決議に対して不快感を覚えることはない」と
    返答し、「原爆の投下を命じた司令官として、日本と同盟国の両方の将来的な繁栄のため、広島と長崎の犠牲には
    喫緊の必要性があったと考える」と反論した。
     トルーマンの日本人観は、本人の言葉を転写する。

      猿(日本人)を『虚実の自由』という名の檻で、我々が飼うのだ。方法は、彼らに多少の贅沢さと便利さを与えるだ
     けで良い。そして、スポーツ、スクリーン、セックス(3S)を解放させる。これで、真実から目を背けさせることができる。
      猿(日本人)は、我々の家畜だからだ。家畜が主人である我々のために貢献するのは、当然のことである。
     そのために、我々の財産でもある家畜の肉体は、長寿にさせなければならない。(化学物質などで)病気にさせて、
     しかも生かし続けるのだ。これによって、我々は収穫を得続けるだろう。これは、勝戦国の権限でもある。

      もう一人の「愚劣と冷酷」は何を語っていたか。1945年(昭和20年)9月9日に、栃木県の奥日光に疎開していた
     長男、皇太子の継宮明仁親王へ送った手紙の中で、戦争の敗因について次のように書き綴っている。
     「国家は多事であるが、私は丈夫で居るから安心してください 今度のやうな決心をしなければならない事情を早く話
     せばよかつたけれど 先生とあまりにちがつたことをいふことになるので ひかへて居つたことを ゆるしてくれ 敗因
     について一言いはしてくれ 我が国人が あまりに皇国を信じ過ぎて 英米をあなどつたことである 我が軍人は 精
     神に重きをおきすぎて 科学を忘れたことである 明治天皇の時には山縣、大山、山本等の如き陸海軍の名将があ
     つたが 今度の時は あたかも第一次世界大戦の独国の如く 軍人がバッコして大局を考へず 進むを知つて 退くこ
     とを知らなかつた 戦争をつゞければ三種神器を守ることも出来ず 国民をも殺さなければならなくなつたので 涙を
     のんで 国民の種をのこすべくつとめたのである」

      一人の男は、多くの職業軍人が原爆を落とす必要はないと言っているにも関わらず投下した。もう一人の男は原爆
     を落とされたにも関わらず戦争を止めようとはしなかった。
      原爆投下の動機は、人種的偏見であり、優生思想であり、真珠湾の報復であり、ソ連への脅しであり、人体実験で
     あった。
     戦争を止めなかった理由は、天皇と皇族の身分保障が約束されなかったからである。そして、この男は軍服から背広
     に着替えることで生き延びた。着替えることの出来なかった部下たちは戦犯として処刑されたのだが、男は涼しい顔を
     して平和主義者を気取った。
     一人の男の決断と、もう一人の男の不決断がどれほど多くの人々の命を奪ったのか、このことが問われないまま戦後
     75年が過ぎた。
      昨日、広島市平和式典で松井一実広島市長がおこなった「平和宣言」の一部を読む。

      日本政府には、核保有国と非核保有国の橋渡し役をしっかりと果たすためにも、核兵器禁止条約への署名・批准
     を求める被爆者の思いを誠実に受け止めて同条約の締約国になり、唯一の戦争被爆国として、世界中の人々が被
     爆地ヒロシマの心に共感し「連帯」するよう訴えていただきたい。また、平均年齢が83歳を超えた被爆者をはじめ、
     心身に悪影響を及ぼす放射線により生活面でさまざまな苦しみを抱える多くの人々の苦悩に寄り添い、その支援策
     を充実するとともに、「黒い雨降雨地域」の拡大に向けた政治判断を、改めて強く求めます。
     本日、被爆75周年の平和記念式典に当たり、原爆犠牲者の御霊に心から哀悼の誠をささげるとともに、核兵器廃
     絶とその先にある世界恒久平和の実現に向け、被爆地長崎、そして思いを同じくする世界の人々と共に力を尽くすこ
     とを誓います。

       「しんぶん・赤旗」の三つの記事も転写する。

        きょうの潮流

      「75年は草木も生えぬ」。原爆によって破壊尽くされた広島の街はいま、緑豊かな中核都市として発展しています
     ▼軍都から平和都市へ。その歩みには、先人たちの強い思いが込められています。廃虚のあとを生きた人びとが
     つむいできた声。近刊『広島復興の戦後史』にも、歴史を動かしてきた生活者の叫びが描かれています。「復興の中
     の矛盾をよみとくヒントがある」▼それはいまも。世界最大級の被爆建物、旧陸軍被服支廠(ししょう)をはじめとする
     遺構。追悼碑や供木が立ち並ぶ平和大通り。その保存やあり方を見直す計画が進められようとしています。被爆者
     や平和を願う人たちがこうした街づくりに危機感を募らせる背景には核廃絶に向けた日本政府の怠慢があります▼
     ことしの平和宣言。核兵器禁止条約の締結を改めて政府に求めた広島市長にたいし、安倍首相はまたも触れず。
     被爆75年の節目にもかかわらず、唯一の戦争被爆国として何も具体的な道筋を示しませんでした▼いまや平均年
     齢が83歳をこえる被爆者。切実な願いである核なき世界に向け、いっこうに国はふみださない。しかも、いまだに黒
     い雨裁判のように差別され苦しめられている現実。そのことへの怒りや悲しみが傷ついた心と体を突き動かしていま
     す▼自国だけの平和はありえない。平和宣言は国際的な連帯を訴えました。米国の若い世代に聞いたNHKの調査
     では、およそ7割が核兵器は必要ないと。世界のかけ橋となる被爆地の声に一刻も早く。人類の未来のために。

           禁止条約批准を要求
           広島 首相に被爆者7団体

      広島県内の被爆者7団体の代表が6日、安倍晋三首相と広島市内で面談し、核兵器禁止条約への署名、批准を求
     めました。安倍首相は「(核兵器廃絶への)アプローチが異なる」などと従来の姿勢を繰り返し、被爆者の願いに応えま
     せんでした。
      「私たち被爆者に希望を与えてください。人類が生きていくためには未来永劫(えいごう)、核兵器が使われないこと
     です。禁止条約に署名していただくことはできませんか」。県被団協(坪井直理事長)の箕牧智之理事長代行(78)は
     こう求めたうえで、「戦後の新憲法は主権在民です。国民の多くが望んでいる」とも述べ、重ねて署名を訴えました。
      県被団協の佐久間邦彦理事長(75)も禁止条約への批准を強く要請。原爆投下後に降った「黒い雨」を浴びた原告
     84人全員を救済する7月の広島地裁判決にふれ、「原告だけでなく、地域で黒い雨にあい、病気を抱えている人たち
     も多い。判決にかかわらず、政府の決断で認定地域を拡大してください。控訴しないようお願いします」と求めました。
     安倍首相は答えず、加藤勝信厚生労働相も明言しませんでした。
     面談後、記者会見した佐久間氏は「核兵器廃絶について、安倍首相は本気でやる気があるのか。今の政治はなかなか
     (国民の要望を)受け入れてくれない」と述べました。


       原爆投下 必要なかった
               米大統領ら 知っていた
                        米紙に歴史家寄稿

      米紙ロサンゼルス・タイムズは5日、広島、長崎への原爆投下をめぐって、第2次世界大戦終結のために必要だっ
     たとする米国での通説に反論し、「米国の指導者たちは原爆を投下する必要はないと知っていた」と述べる歴史家ら
     の寄稿を掲載しました。
      寄稿は、歴史家のガー・アロペロビッツ氏と、ジョージ・メイソン大学のマーティン・シャーウィン教授の共著。全米各
     地に広がる黒人差別への抗議を念頭に「米国が過去をめぐる多くの痛苦の側面を見直す時、1945年8月に日本の
     都市への核兵器の使用について、真摯(しんし)な国民的対話を行う時だ」と訴えました。
      日米の歴史資料から、「例え原爆が投下されなくても、日本が1945年8月に降伏していたはず」の圧倒的な歴史的
     証拠があり、当時のトルーマン大統領および側近たちはそれを知っていたと指摘。米国の陸・海軍に当時いた8人の
     最高幹部のうち7人が、「原爆は軍事的にも必要なく、人道的にも非難されるべき」と発言し記録されていると述べまし
     た。ドイツ・ポツダムでの会談(7月)時点でアイゼンハワー連合国軍最高司令官(後の米大統領)は「日本は降伏の用
     意ができており、おぞましいものでたたく必要はない」と発言し、マッカーサー元帥も「(原爆投下は)もってのほか」だと
     述べていたことなどが記されています。
     寄稿文は、米科学誌が発表してきた「終末時計」が現在、1947年以来、最短となっていることに触れ、「同時計を進
     めることは、核時代の暴力的な始まりが過去のものではないことを思い起こさせている」と締めくくっています。



 
       「一部の犠牲」

        2020・8・6(木)

    広島、きょう被爆75年。
   「広島で被爆し、この1年に死亡が確認された原爆死没者は4943人で、合わせて32万4129人となりました。
   広島・長崎で被爆し、被爆者健康手帳を持つ人は3月末現在で全国に13万6682人。前年より9162人減りま
   した。平均年齢は83、31歳です」と新聞は報じている。
    しかし、日本政府は「核抑止力論」に立ち、核兵器禁止条約に反対している。
    国連の中満泉軍縮担当上級代表は、日本政府に対して「ドアをクローズしないでいただきたい。共通の目的を
   完全に共有しているということを発信してほしい」と述べた。
    日本共産党の志位和夫委員長は、条約に反対する日本政府について、「抑止力論とはいざという時には核兵
   器を使用するという立場であり、ともかくも『核の非人道性』を訴えながら核抑止力論にしがみつき続けていいのか、
   大きな矛盾ではないかが問われている」と述べた。
    唯一の被爆国の総理大臣である安倍晋三は、広島原爆の日のメッセージで「核禁止条約」や「黒い雨訴訟」に
   一言も触れなかった。無能にして冷酷、いったい何処の国の総理大臣なのか。
    この日、ニュージーランドのジャシンダ・アーダーン首相が、Twitterに投稿したビデオメッセージで、核兵器根絶を
   訴えた。「核兵器ゼロが広島と長崎の犠牲者に報いる唯一のこと」と題するメッセージだ。

   「国連のグテーレス事務総長も言うように、国際的なコミュニティは、核の非武装化に向けた取り組みを再度活性化
   させなければなりません。人間性を守ると呼んでいます。他人や将来の世代に残すことのできる課題ではありません。
   ですからニュージーランドは、大多数の国連加盟国とともに、核兵器禁止条約を採決したのです。
   私は、核兵器根絶に向けて必要不可欠なステップとして、そして全ての核保有国の核兵器ゼロの達成を含めた地球
   規模の交渉を求めて、他国もこの動きに加わり、このランドマークな条約を広めることを要請します。
   このことが唯一、広島と長崎への原爆投下や、太平洋などでの核実験によって苦しめられた人たちに対する報い、レガ
   シーとなるのです」。
    
    そしてもう一人、ローマ教皇 は「核兵器捨て去る必要ある」と広島にメッセージを送った。
   去年、被爆地の広島と長崎を訪問した、ローマ・カトリック教会のフランシスコ教皇は、広島に原爆が投下されてか
   ら75年となったのにあわせてメッセージを寄せ、「平和を実現するためには、最も強力で破壊的な核兵器を捨て去
   る必要がある」として、核兵器の廃絶を改めて訴えた。
    原爆投下について昭和天皇ははこう言っている。
   「広島市民に対しては気の毒であるが、戦争だからやむを得ない事と私は思っています」と。
   しかし、その戦争は誰が起こしたのか。
    1945年4月27日、イタリアでムッソリーニが愛人クラーラ・ベタッチとともに逮捕される。翌28日銃殺される。
   4月30日、ドイツ総統ヒトラーと妻エヴァ・ブラウンが自殺した。
   9月11日、東条英機ら戦犯容疑者39人に逮捕令(東条は自殺未遂)。
   1953年11月24日、昭和天皇は、「「基地の問題でもそれぞれの立場上より論ずれば一應尤(いちおうもっとも)と
   思ふ理由もあらうが全体の為二之がいいと分かれば一部の犠牲は巳(や)むを得ぬと考える事」「誰かがどこか
   で不利を忍び犠牲を払ハねばならぬ」と発言。
    これは米国による琉球諸島の軍事占領を望んだ47年9月の「天皇メッセージ」を自ら解説したものである。
   「天皇メッセージ」とは、天皇が宮内庁御用掛の寺崎英成を通してGHQ(連合国軍総司令部)に申し出たもので、その
   内容は「アメリカが沖縄を始め琉球の他の諸島を軍事占領し続けることを希望している。その占領はアメリカの利益に
   なるし、日本を守ることにもなる。(中略)アメリカによる沖縄の軍事占領は、日本に主権を残存させた形で、長期の(25
   年から50年ないしそれ以上の)貸与をするという擬制の上になされるべきである」というものだ。
    1940年(昭和15年)9月27日、ベルリンで日独伊三国間条約が調印された。これは日本、ドイツ、イタリアの3国
   の軍事同盟である。この事実がなかったかのようにして日本は戦後を始めた。
   戦争犯罪を問われる前にムッソリーニは銃殺され、ヒトラーは自殺した。
    全体の為には一部の犠牲はやむを得ない、とはどういう意味か。
   全体とは誰のことか、犠牲となる一部を決めるのは誰なのか。すべてが曖昧である。どこにも責任者はいない。
   一部とは慰安婦・徴用工のことか、南京市民のことか、マニラ市民のことか、南方で餓死した軍隊のことか、東条ら陸軍
   首脳のことか、沖縄のことか、広島・長崎のことか、これらの一部は何の為に犠牲となったのか。答えは一つ、ただ全体
   を守る為である。国体護持とはこのことである。
    



         「原水爆禁止世界大会」

           2020・8・5(水) 
 
     今日は何も書かない。
    3日の新聞の第1面のトップ記事と第13面の関連記事を転写する。



           核兵器禁止条約早く        2020・8・3  しんぶん・赤旗
                原水爆禁止世界大会・国際会議開く
                     コロナ危機解決も国際協力で

    「被爆者とともに、核兵器のない平和で公正な世界を―人類と地球の未来のために」をテーマに、原水爆禁止2020
   年世界大会が2日、国際会議で始まりました。新型コロナウイルスのパンデミック(世界的流行)を受けオンラインで開
   かれました。
    開会セッションでは世界大会運営委員会の野口邦和代表が主催者報告。コロナ禍は、軍事力による「国家の安全保
   障」ではなく「人間中心の安全保障」への転換を求めていると強調し、核兵器禁止条約を早期発効させ、各国政府に参
   加を迫るとともに、核保有・依存国に核軍縮・撤廃義務を迫る世論と共同の発展を呼びかけました。
    日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)の児玉三智子事務局次長、広島の被爆者でカナダ在住のサーロー節
   子さんが被爆体験を語り、カトリック長崎大司教の髙見三明さんは核兵器の保有・使用は倫理に反すると強調しました。
    第1セッション(世界の平和運動代表)では、米国、英国、ロシア、国際平和ビューロー(IPB)、原水爆禁止日本協議
   会(日本原水協)の各代表が問題提起。「コロナ対策より核兵器システムにつぎ込むのは許されない」「各国で禁止条約
   の署名と批准を求める多数派をつくろう」と議論されました。
    第2セッション(アジア・太平洋)では、韓国、ベトナム、インド、日本原水協の各代表が報告。「米中対立のもとアジアを
   非核地域に」「各国市民の共同で政府に非核化を迫ろう」と語りました。
    発表された主催者声明は「核兵器やパンデミックとともに、気候変動や貧困問題など、グローバルな危機を解決するた
   めには、国際的な協力が欠かせません」と指摘。核兵器廃絶を求める「世界的流れはさらに前進を続けている」として、
   核廃絶を求める国連や各国政府と市民社会との共同を発展させることなどを呼びかけました。
 
        被爆者の思い受け止めた
             リング・リンク・ゼロ 青年が交流

    原水爆禁止2020年世界大会の青年参加の関連行事「Ring! Link! Zero(リング・リンク・ゼロ)2020」が2日、
   オンラインで行われました。
    9歳のとき、広島で被爆した山田玲子さんが被爆体験を語り、学校の校庭で亡くなった人たちの遺体が燃やされたこと
   が「今でも忘れられない」と証言。「あの日、なにが起きて、人の命が奪われたか、人々の体や心を傷つけたかを伝えて
   いきたい」と語り、「核兵器のない公正な世界の実現へ、若いみなさんに期待しています」と話しました。
    青年が山田さんに被爆者が受けた差別や被爆者運動に参加した理由などについて質問。
   山田さんは、被爆者が家族や暮らしを奪われたうえに、偏見や差別から結婚が破談にされたり、子どもを持つことを諦め
   たりしたことなど実態を語りました。広島「黒い雨」裁判で原告全員が被爆者と認定された判決について「当然の結果だと
   思います。もっと早く認められるべきでした」と述べました。
    韓国、フィリピン、アメリカの青年がビデオメッセージを寄せました。広島の青年が被爆者の体験を聞いたり、日本の加
   害責任について学んだりする「平和ゼミナール」の取り組みを報告。長崎の青年は「ヒバクシャ国際署名」で青年から多く
   の署名が寄せられ「平和への強い思いを感じる」と話しました。
    第2部では、グループに分かれて分散交流しました。




 
        「またまた火曜日」

            2020・8・4(火)

     ついこの間、福盛田家の菜園の豊穣と花壇の優雅についての見学の覚え書きを書いたばかりなのに、
    今日はまた火曜日だ。一週間が余りにも早すぎる。人間、60歳を過ぎると時間の流れが速くなるものな
    のです、と誰かが言っていたが、60歳の前と後でも一日は24時間であることに変わりはないから、これは
    事実ではなく、錯覚の類に属するもので、多分に意識の変化が時間に対する感覚に微妙な影響を及ぼす
    ことで起きる現象だろう。意識の変化とは、人生の残り時間が少なくなってきているという自己認識のことで
    ある。この解釈が正しいものであるかどうかは分からないが、それにしても一週間・7日の過ぎゆくのが早す
    ぎる。またある人は、時間が短く感じるというのは気力が充実しているからで、その証拠に毎日が楽しくて仕
    方がないと感じているはずだ、とも解釈してくれる。そう言われてみればそんな気もしないではないが、実際
    のところは良く分からない。
     そんな訳で(どんな訳だか分からないが)、午前10時、恒例のお茶会に出向いた。
    今日はいつものお茶会と違って、出席者の中の二人の先輩の個人的な事に関するお祝い事があって、美味
    しいショート・ケーキがテーブルの上に出された。二人は50年の長きに渡って一つの道を歩み続けたというこ
    とだ。私のような夏炉冬扇の風狂無頼の徒にはとても想像もつかない生き方だが、そうした生き方が「思想に
    おける持続」「人生における誠実」とは何かということを教えるものであることは理解できる。尊敬に値するとい
    うことだ。ニーチェではないが「エッケ・ホモ(この人を、見よ)」である。
     人間にとって道を見失うというのは悲しい出来事であるし、道を変えるというのは恥ずかしいことである。
    遠藤周作に『沈黙』という小説があった。キリシタンの転向の問題を扱った作品である。いわゆる伝道師の異国
    における変節の精神的葛藤(転びバテレン)を描いたものだが、問題は殉教とは何かと言うことだが、これは遠
    藤の代表作であろう。
    それが今日のお祝い事とどんな関係があるのか、断っておくが、今日のお二人は宗教人でもなければ信仰者で
    もない。ただ50年の長きに渡って社会変革の草の根の道を歩み続けてきたという人だ。
    ジャン・ポール・サルトルは言った。

      人間は自らの行動の中で、自らを定義する。

     今日の新聞を読む。沖縄が大変なことになっている。

       沖縄県内58人感染
     1週間10万人あたり全国最多沖縄県内での新型コロナウイルス感染の急拡大を受け、県が7月
    31日に出した独自の緊急事態宣言の中、県は1日にも新たに58人の感染が確認されたことを
    発表しました。
県内の感染者累計は453人となりました。感染者は7月以降で計311人が確
    認されており、2~4月までの感染者数(142人)の倍以上に上っています。
県の計算による
    と、県内の1週間の新規感染者数(7月31日時点)は10万人あたり15・31人となり、東京
    (同14・38人)、大阪(同12・95人)を上回る全国で最も多い割合になりました。

      玉城デニー知事は31日の記者会見で、感染者数が多い県内の中部地域や那覇市などの南部地域以
    外への感染拡大の懸念も表明。「感染拡大のスピードは想定を上回っている」と述べ、病床の数が
    「逼迫(ひっぱく)している。何としても医療崩壊を食い止めなければいけない」と強調していま
    した。
8月1日には在沖縄米軍関係で新たにキャンプ・ハンセン(金武=きん=町など)7人、普
    天間基地(宜野湾市)1人の感染も発表され、在沖米軍関係の感染者累計は256人になりました。


       どうしてこういうことになるのか。いつもそうだ、沖縄だけが不条理の祭壇の供物とされる。
      国体護持の本土防衛の時間稼ぎのための捨て石とされ、戦後は一個人及びその家系の保身と繁栄のため
      にアメリカに差し出され、そして今また米軍の自由往来の治外法権下でコロナウイルスが感染拡大の恐怖
      を背負わされる。
       感染大国アメリカからの入国は日米地位協定第9条によりノーチェックである。他人の家に一言の挨拶もなく
      土足で出入りする無法者を「良き隣人」という政府は世界中見渡しても日本しかない。
       オーストラリアでも、ドイツでも、韓国でも、米軍は良き隣人としての礼儀を守っている。ところが日本に入ると
      人格が変わる。そして、この事実を米軍も日本政府も不思議としない。
       大田昌秀さんの『写真記録  これが沖縄戦だ』(琉球新報社・昭和52年発行)を開くと、当時の日米の高級
      軍人が沖縄をどのように観ていたのかがよく分かる。
       1945年の夏、バックナー中将の下で、軍政府副長官として実際に軍政を担当したW・E・クリスト准将はこう
      言っている。「われわれは、占領下住民のためにサンタクロースになろうとか、かれらの生活水準を平和時以上
      に引き上げようと思っているわけではない」と。
       1945年5月17日、米内光政海将は、「皇室の擁護が出来さえすれば良い、本土だけになっても我慢しなけ
      ればならぬのではないか」と発言している。
       戦後75年経った今、沖縄はやはり敗者の捨て石であり、勝者のご褒美である。この位置づけは何も変わって
      はいない。
       幕末から明治維新にかけて沖縄は日支両属制度下にあった。今は日米両属と言うべきか。もっとも日本は真
      意味で独立国ではないが、現実は、日本は米国の植民地であり、沖縄は米国の保護領である。

       午後1時、またまた我が家のお話。
     「枯葉のデート」第9週目は手稲区前田6条13丁目(下手稲通り沿い)にある韓国風焼き肉店「徳寿」さんだ。
     ここは白老産の和牛肉とスイーツで有名な超人気店だ。店内は満席、老いも若きも食欲旺盛、熱気と活気に満ち
     溢れている。屋号の「徳寿」の意味は、物の本によれば、

      徳」の意味は「生まれつきの人がら・ものに備わった本性・道徳・本性の良心をみがきあげたすぐれた人格・恩恵・
     恩恵を与える・恩を感じる・恵みがこもった・ありがたいありがたく思う・利益」です。 「寿」の意味は「長命である・長生
     き・年長の人に対する長命の祝い・めでたい・ひさしいめでたいこと・祝い」です。   

      また別の解説では、 「徳寿(とくじゅ)は元代政権の陳理が使用した私年号。1363年 - 1364年」となっている。
     それはともかくとして、ジイサンとバアサンの昼食にしては焼き肉はいくら美味しくとて重労働だ。それにこの時間帯
     では酒には早すぎるしね。それで私は焼き肉丼、妻殿は豚丼とした。二品とも税抜きで700円。良心的な価格だね。
     少ない年金、衰えた食欲、それでも美味いものを食べたいという欲望、そうだよ、私はまだ生きているのだよ。
      
枯葉のデートと言うのだからバックミュージックは元祖イブ・モンタンのシャンソンか、あるいはエリック・クラプトンの
     ブルースで聴くか、少しお洒落にマイルス・デイビスのジャズにするか、それとも昼下がりのアンニュイは小野リサの
     ボサノバか、どれもこれもいいね。
      しかし、秋にはまだ早い偕老同穴の午後のひと時、今日のミュージックはもちろんコリアン・ラプソディーだ。
     私の世代なら『アリラン』か『釜山港へ帰れ』だと思うが、時代は違う。店内で食事を楽しむ今の若い人たちが聴くのは
     「K・ポップ」という奴だ。音楽は、昔ビートルズ、今BTS(防弾少年団)である。これは世界の常識だそうだ。
     70歳になった今でも何が本物かは分かる。防弾少年団のステージを見た後ではジャニーズやエグザイルは余りにも
     田舎の盆踊りであるし、毎年大量生産されるアイドルと呼ばれる一群は余りには小中学校の学芸会に過ぎる。
     歌唱力、ダンスの切れ、ファッションのセンス、どれもこれも抜群である。
      政治も芸能も韓国はアジアの先進国である。
     キャンドル革命で時の大統領を引きずり下す主権在民の国、汚れたマスク2枚を貰ってもまだ内閣支持率30%を残す
     国、どちらが民主主義の国か明らかである。
      物事を謙虚に見れば、私たちは韓国に学ぶことが余りにも多くあり過ぎて、どこから手をつけてよいのか分からない
     状態だ。このことを認めることから始めなくてはいけないのではないか、と私は思う。
     「徳寿」さんの料理は、文字通り「ソウル・フード(魂の食事)」であった。




 
      「街は誰のものか」

         2020・8・3(月)

    「手稲山口の新幹線工事要対策土から星置と周辺地域を守る会」が地域住民に有害掘削土が持つ問題点を
   詳しく伝えるチラシを6000枚作製した。共同代表の福盛田勉さんから、その内の600枚を渡された。
   私が配布する地区は駅前の市営住宅、1条4丁目、6丁目、7丁目の4地区。預かったチラシ600枚を午前3時
   から4つ折りにする作業を開始して、6時に全部折り終わった。
   午前中に市営住宅と1条7丁目を終わらせ、昼食を摂った後、1条4丁目と6丁目を配り歩いた。
   町内の人たちと顔を会わせるのは久しぶりのことだ。皆さんお元気だった。
    雨の日でも雪の日でもやたらと元気いっぱいの「チラシを配り歩くオジイサン」、そんなところか。しかし、600枚
   となると折り込み作業を含めて殆ど一日仕事だ。窓の外が明るくなってくる時間帯からビールが恋しくなる黄昏時
   まで、当然、この日一日は私の私的な時間というものはない。
    サルトルの言う「積極的社会参加(アンガージュ)」は少なからずの私的な時間を犠牲とする。特に社会の木鐸と
   してのチラシ配りは長時間に渡って私の自由を拘束する、けれどもここには不思議な歓びがある。
    社会正義について考える時、また人間の生存権について考える時、私に出来ることは能力的にも時間的にもそれ
   ほど多くはないけれども、しかし、全く無いわけではない。微力ではあるが、決して無力ではない、と思う。
   出来る範囲で、出来る限りのことを尽くす。「ハック・フィン」を書き続けること、そしてチラシを配ること。幸いにして
   まだ物を考えることは出来る、そして一日中歩き続けることが出来る体力もある。つまり、今、自分が何をしなけれ
   ばならないのかは理解しているということだ。相変わらず何事にせよ能力は貧しいが、それを補うだけの熱情は持
   っているつもりだ。
    このチラシを作製するにあたって福盛田勉さんがどれほどの熱意と時間を注ぎ込んだのかは分からないけれども、
   これは勉さんの全身全霊を打ち込んでの無償の行為である。我が友・勉さんはそういう男だ。
   手稲は市民の街である。この街は札幌市の物でもなければ鉄道官庁や一企業のものではない。
   市民が将来(後に続く世代)に渡って何の不安も覚えず、今日一日を安心・安全の中で健康に生きることは市民の
   権利である。その市民に対して事前の説明もなく、一片の了解も取らず、何をしようというのか。間違っている。
   だから私は立ち上がるのである。だから私は呼びかけるのである。この街での私の生活を守るために。





       「不自由な夏休み」

        2020・8・2(日) 

    連日暑い日が続く。しかし、山にも登れず海でも遊べず、夜の街にも出かけれない。
   政府は、旅行はいいが帰省は駄目だと言う。理由は、帰省は抵抗力の弱い高齢者との再会接触になるからだ
   と言う事らしい。ここでの高齢者とは父母・祖父祖母のことである。つまり、この夏休みは見知らぬ土地で観光を
   楽しんでもよいが、故郷での一族再会及び墓参りは禁止するということだ。とうとう個人の私生活までに口を挿み
   だした。それにしても安倍首相は何処にいるのだ。加藤勝信厚生労働大臣・働き方改革担当大臣は何処にいる
   のだ。与党の公明党の代表である下駄屋のナッチャンは何処にいるのだ。
    今、政府を代表して意味不明なことを得意げに喋っているのは久しぶりに出番が回って来た茶坊主筆頭の菅義
   偉と、靖国小僧側近の性豪・西村康稔新型コロナ対策担当大臣だ。それともう一人、こちらの方はコロナとも経済
   とも関係はないのだけれども、なぜか河野太郎防衛大臣がはしゃいでいる。今や大日本帝国を一人で背負ってい
   る雰囲気だ。こういう人間を誇大妄想狂というのだろう。どうでもいいけど、この3人のあまりの「存在の耐えられ
   ない軽さ」は見ているだけでも恥ずかしくなる。これが戦後75年の夏なのか。
    そうした中、「八月の光」について「アメリカの良心」とも言うべき発言があった。
   ここにはまともな政治家がいる。アメリカにはまだこういう人間がいるのだ。この8月、政治家は何を語らなければ
   ならないのか。赤旗から記事を二つ転写する。そして、私はこの国の「今と此処」について考える。

        ペリー元米国防長官 核兵器廃絶を訴え
                    「核の脅威 冷戦最悪期並み」
                                長崎で国際シンポ

    長崎市内で1日開かれた国際平和シンポジウム2020「核兵器廃絶への道~世界の危機に、歩みを止めない」
   (主催=長崎市など)に、ウィリアム・ペリー元米国防長官がオンラインで参加し、核による脅威が冷戦最悪期に匹
   敵するとして、核兵器廃絶にむけた取り組みを進めるよう訴えました。
    ペリー氏は、冷戦当時のソ連が奇襲攻撃を計画しているという前提を基に、米国は自国の核兵力を増強し、米ソ
   の軍拡競争を引き起こしたと指摘。今日、米ロ対立が激化するもとで、その考えは一層明白になり、「第2の冷戦時
   代と呼ぶべき事態となっている」と主張しました。
    ペリー氏は、これまでに、装置の不具合や人的ミスによる誤警報や間違った情報を基にした政治的誤算で、大惨
   事につながる可能性があったことに言及。米国では、大統領が核兵器使用を命令する唯一の権限を持っていると述
   べ、誤りによって核戦争が引き起こされる危険性を指摘しました。
    今日、米ロが保有する熱核爆弾は、1発で広島・長崎に投下された核爆弾の100倍の破壊力を持つとし、「核兵器
   は人類の存亡にかかわる脅威」だと警鐘を鳴らしました。
    1986年に、当時のレーガン米大統領とゴルバチョフ・ソ連共産党書記長が行った会談で、核兵器全廃が検討可能
   であることを示したと主張。「この恐るべき問題を恒久的に解決する唯一の方法は、核兵器の廃絶だ」と強調し、行動
   を呼びかけました。

         きょうの潮流

    帰るべきか、帰らざるべきか。新型コロナウイルス感染の急拡大に、振り子のように揺れています。母、85歳。故郷
   で1人暮らし。留守番電話には、東京にいるわが子を案じる声が残されていました▼お盆を前に、同じように悩んでいる
   人はいるのではないでしょうか。自分が無症状の感染者かもしれない、という不安をぬぐうのは、PCR検査にほかなりま
   せん。せめて自分の住む自治体の陽性率のデータがほしい。切実にそう願います▼そんな中、「世界で159位」という数
   字に衝撃を受けました。共産党の志位和夫委員長が安倍晋三首相宛ての緊急申し入れで示した「日本のPCR検査の人
   口比での実施数」(7月28日現在)です。1日現在の最新データで157位に上がったとはいえ、世界第3位の経済力を持つ
   国の数字とは、とても思えません▼東京都医師会の会見では、SNSに「国の無策の中、感染者が増えるのは我慢できな
   い」と投稿した尾﨑治夫会長が「ぜひ国会を開いて議論していただきたい」と語気を強めました。ここでも訴えるのは、PCR
   検査の拡充です▼尾﨑会長は本紙日曜版8月2日号にも登場。流行地域全体でPCR検査を行い、補償と一体の休業要
   請に踏み切ることを主張します。「経済効率優先では医療を担う人を育てることはできません。やはり新自由主義ではダメ
   です」とも▼この緊急時に国会を開かず、記者会見もせず、ダンマリを決め込む安倍首相。いつまで“巣ごもり”を続けるつ
   もりなのでしょうか。




 
       「八月の光」

         2020・8・1(土)

    また8月がやって来た。7月の次は8月であることは世界中どこの国でも同じだから別に不思議とする
   ことはないのだけれども、でもやっぱり日本の8月は単なる夏ではないような気がする。
   この月に入ると妙に落ち着きがなくなる。名づけようのない苛立ちを覚える。
    1945年の8月が置き忘れられている。
   2日、ポツダム会談終了。
   6日、広島に原爆投下。
   9日、長崎に原爆投下。ソ連軍満州へ侵攻。 
   15日、敗戦の日。
   18日、ソ連軍千島列島での攻撃開始。
   19日、大本営戦闘中止を発令。
   30日、連合軍最高司令官マッカーサー厚木飛行場に到着。
    こういう8月を経験した国は日本だけだろう。異常な夏だ。
   アメリカは戦場でもない無防備の地方都市に何故2発の原爆を投下したのか。それでも日本が戦争を止め
   なかった理由は何か。15日を敗戦の日と言うけれども事実としてはそれは正しくはない。
    東京湾上の戦艦ミズーリ艦上で、重光葵・梅津美治郎らが降伏文書に調印したのは9月の2日のことで
   あり、この日がアメリカにとっての対日戦勝記念日である。3日はソ連軍が日本の北方領土を占領。
   4日にはウーク島の日本軍が降伏、12日にはシンガポールの日本軍が降伏。27日、昭和天皇がマッカ
   ーサー元帥を訪問。9月になっても戦争は続いていたのだ。
    戦後75年経った今、私たちは何処にいるのか。それが確認できない。
   長田弘(1939年~2015年、75歳没)の詩集を開いてみる。1968年に思潮社から出版されたものだ。

     南にちかいなだらかな山脈は
     扇状地の都市のくらい感情を かたい土に、
     崩れてしろい石と銹びた針金に、
     ぎりっとのびた夏草のきつい匂いをつらぬく
     八月の短い黙祷にささげる。
     かわいた涙のなか少しずつすこしずつ
     溶けゆくぼくたちは恥のようにつらい歴史だ、
     それは、記憶のなかに沈みこむ
     みじかくしかもながかった夏の一日に若かない・・・・          「八月の光」


     ぼくたちにとって  絶望とは
     あるなにかを失うことではなかった、むしろ
     失うべきものを失わなかった肥大のことだ                「無言歌」


      長田さんは、絶望とは、失うべきものを失わなかった肥大のことだ、と言う。
     その時点で失われなければならなかったもの、清算されなければならなかったもの、それが何であったの
     か、このことが曖昧にされたまま戦後75年が過ぎた。
     許しを請はなければならないのは誰が誰に対してなのか、責任者は誰なのか、裁かれなければならなかっ
     た罪とは何か、そして罰とは何か。
     1945年の夏には主語がない。だから歴史として語ることが出来ない。それはなにか風物詩のごとく情緒的
     に想い出されるだけであつて、その本質に迫ることは何かの圧力によって阻まれる。そして何事もなかったか
     のように時間は九月の中へと滑り込む。この繰り返しで75年が過ぎた。

     ※ 『八月の光』はウリアム・フォークナーの長編小説である。いわゆるヨクナパトーファ・サーガの一作で、
        ミシシッピ州の架空の土地「ヨクナパトーファ郡ジェファソンを舞台に、禁酒法時代の南部の社会におけ
        る人種差別を告発したものである。
         私が読んだのは加島祥造訳による新潮文庫だ。